RELATION relayTalk Project

RELATION Talk 06

イベント06レポート:
『南三陸町からの手紙』が生まれたそれぞれの想い

■何か形に残さなければ、無駄死にかもしれない

──書籍『南三陸町からの手紙』を作ったきっかけを教えてください。

高橋:僕の幼馴染3人組のうち、ひとりが震災前に結婚していました。震災発生直後、彼の自宅近くで再会した際に、「嫁さんがいない」と聞きました。必死に探したのですが、見つからず、泣き崩れている友人が漏らした言葉が「この感情を忘れるのが辛い」ということだったんです。その思いを聞き何か自分にできることはないか。何か形に残さなければ、無駄死にかもしれないと思ったことがきっかけです。

最初は、文集のようなものを作って現地で配ることを考えていたのですが、ちょうどHamanasuの中心メンバーの秀視さんに気持ちを伝えたところ、出版してみてはどうかというお話をいただきました。

■100年でも残る本を作りたい

──出版元である佐藤さんは、どのようにこの本と関わったのでしょうか

佐藤:栄久堂は本来出版社ではなく、製本会社です。紙の媒体が先行き不透明なこともあり、いろいろなセミナーに参加していました。その中で加藤秀視さんの経営理念セミナーに参加した際、「何のために会社はあるか」といった話を聞き、「若いのに、暴走族から始まって青少年の更生などもするようになった加藤さんはすごい」と尊敬するようになった流れで、彼のブログをチェックするようになったんです。

そんな中、東日本大震災が起き、製本会社として何かできることはないかと探していました。すると、秀視さんが被災者の声を本にしようとしているのをブログで知りました。今回は、会社の大小は関係ない、被災者の声を真摯に受け止め、届けてくれる人を求めているというという話でした。

その時に思ったのが、「売るための本ではなく、100年でも残る本を作りたい」ということです。私たちは製本会社であり本そのものを作っている側で、厳密には出版とは違うのだけども、是非携わりたいと思い、秀視さんにメールで連絡をしました。

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