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災害時に強い「自立・分散」
─都の放射線測定データ公開に連携した人々─

■2011.3.16 18:30 「明日やります」vs「すぐやれ!!」

中村教授は、最初はSFCでミラー(健安研のサーバーを、SFCで肩代わりして負荷を減らす)を考えたが、SFCは計画停電区域に入っていた。そこで、インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトの仲間である北陸先端科学技術大学院大学 情報社会基盤研究センターの宇多仁助教に電話をして北陸先端大でミラーをするように頼んだ。

宇多氏はそのとき飲み屋にいて、中村教授からの電話を受けて、「明日やります」と答えという。それに対して中村教授は「すぐやれ!!」と叫んだ。

宇多氏は、すぐに作業にとりかかり、夜7時にはシステムの対応をすませ、灘岡さんに「このアドレスでいいですね」と確認の電話をしてきた。まもなく、北陸先端大のサーバーでミラーを開始。その後、夜10時から11時すぎまで中村教授と宇田氏が細かいやりとりをした。

宇多氏の最初の反応は、東京の緊迫した状況が石川県では別世界だったことをあらわしている。中村教授の「すぐやれ!」がそれを一変した。
 
3月16日の北陸先端大ミラーサイトへのアクセス数は50万件に達した。

この日、政府の指示で福島第一原発から50キロメートル圏内の市町村の90万人にヨウ素剤の配布が行われた。

■2011.3.17以後 「淡々とデータを出す」

放射線モニタリングデータへのアクセス数は3月22日がピークで、150万件に達した。3月下旬からは、IIJ、マイクロソフト、IBMの3か所にもミラーサイトが立てられた。

健安研は「淡々とデータを出す」ことに徹した。

震災直後は、健安研の放射線モニタリングデータ公開に対して好意的な意見もあったが、しだいに文句や非難の意見が増えていった。例えば、「異なる測定機器のデータと比較して数値が違うので怪しい」、測定の事情で出現した異常値を削除すると「何か隠しているのではないか」という疑いなど。それでも「税金を払っていて、初めてよかったと思った」という意見を聞いたとき、灘岡さんは嬉しかったと述懐する。

放射線の知識が多少あるドイツ在住の日本人の「放射線モニタリング情報を見て日本の状況を自分で推測できてよかった」という感想、医師が自分の子供を東京から移住させるか否かの判断に情報を利用した話など、放射線モニタリング情報が役立った事例がよせられた。

その一方で、「一般の人に数値データを理解してもらうのは難しい」と言う灘岡さん。

3月14日、15日に、東京都庁へは1日1000件を超える電話の問い合わせがあった。健安研にも電話の問い合わせがあったが、田口課長と神谷室長は「1日50件程度の応答が限度だった」と語る。

健安研の専門家は正確な測定データを出し、都本庁は解説やQ&Aでわかりやすい情報を出すという役割分担をした。公開情報の内容については健安研と都本庁の調整が必要で、ときには公開内容の承認を取るために副知事の承認が必要だった。調整役として駆け回った企画管理部の田口裕之調整担当課長は、「私はなんでも屋です」とにっこりしながら当時の様子を語る。

国の情報公開に対する態度の曖昧さが国民を疑心暗鬼にさせた。しかし、健安研は、都本庁の「情報を出す」という基本方針のもと、「健康危機から都民を守る」ために「都民・関係機関へ情報を還元する」という職責を、外部の人々を巻き込み、一丸となって果たした。

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