うつくしま ふくしま
─身近な家族のしあわせ だからこそ復興を─
ひとクセもふたクセも 家族みんなの歴史物語
福島の実家へは1週間の短い滞在だったが、その間に色んな話をした。新鮮な野菜やくだものをほおばるうち、いつしかひいおじいちゃんやひいおばあちゃん、家族の歴史の話をしていた。みんなの話に、わたしはいつもよりちょっと緊張して耳を傾けた。長くなるが、みんなの物語を書き留めておきたい。
教養人だったひいおじいちゃん
曾祖父は海軍の軍人であり作家でもあった。頭が良く容姿も良かったので、その年代では珍しく何度も海外に派遣された。日本から2人だけカナダに派遣されるときには、大臣が挨拶にきたりもした。セピア色の写真を見ると、たしかに凜とした顔立ちに賢そうな風貌だ。
本を愛し、文化人との交流が日常。話を聞くと、教科書に載っているような名前が出てきて時折びっくりする。息子である祖父は、子どもの頃からそうした文化人との世間話に混ぜられ多くを学んだという。昔から自分を大人と対等に扱ってくれたことが自慢だ、とおじいちゃんは胸を張る。大きな書斎があり、壁4面、上から下まで本がぎっしり詰まった本棚があった。友人たちから直接もらった珍しい本や文化財も豊富で、国会図書館から取り寄せされたことも何度もあった。
戦争中に反戦を訴える本を書いて牢獄に入れられたこともあった。有名な文学者が牢屋まで迎えに来たので、投獄は3日程度で終わったらしい。
なんだか映画のようだ。私の弟は、この曾祖父の名前をとって名付けられた。
賢く包容力のあったひいおばあちゃん
曾祖母は元はいい家柄のお嬢様だった。結婚して、夫がよく海外に行ってしまうので苦労したこともあったようだ。礼を尽くし、人を立てることをいつも忘れなかった。客人がくると存分にもてなし、世間話をして帰る頃にはすっかり良い気分にさせてしまう。金を貸してくれと言われたらもう返ってこないつもりで貸した。親のいない里子も何人も育てあげた。親切でいい人ゆえに困ることもあったが、たくさんの人が彼女を慕っていた。
私がものごころついた時には、既にぼけてしまっていたのが悔やまれる。それでも「ばっぱちゃん」と呼ばれ誰からも尊敬されていた。福島の方言で「おばあちゃん」という意味だ。ぼけた97歳のばっぱちゃんだけど、英語でイギリス国家を鼻歌していた。博識だった。勉強というよりも、豊かな経験から多くを学んだ賢い女性だった。
彼女はいつになっても死んだ気がしない。むしろ昔より私の側にいるんじゃないか、そんな気がして不思議に思う。私はよく「あなたにはばっぱちゃんのようになってほしいわ」と言われる。その度に、ああ彼女はどんな人だったのだろう、と淡い思い を馳せる。
新しいものには目がない 冗談好きなおじいちゃん
ハイカラおじいちゃんの話をしよう。上の2人に育てられた祖父は、戦争中に東京から疎開して福島にきた。農業をやりながら、昔は新作の映画や展覧会一つを見るためだけにバイクで東京まで行ってしまうような人だった。私の母や姉妹には小さい頃から「本物を見なさい」と言い、バイクに乗せて旅に連れていくこともあった。
大工仕事が好きで、何でもつくる。家の隣にある2階建ての駐車場兼倉庫も、お米を炊いたり餅をついたりする小さな小屋も、牛舎や棚も、いつの間にか自分でつくってしまった。倉庫の中には大工道具が一面ずらりと並ぶ。新しいものや機械が好きで、新商品が出ると使う見込みがなくても買ってしまうのが難点。電動ドリルなんか7本もある。機能は変わらなくても、新しいものがでると喜んで買ってくるのだ。使い道があるのかも怪しい、鉄板に穴を開けるだけの大きな機械を持っていたり、トラックや耕耘機が何台もあったりする。珍しい機械があるので、ときたま大工が借りにくることもあって笑ってしまう。
好奇心旺盛で、知識の幅が広い。とくに海外の文化や歴史の話を好む。話をするのがとても楽しい。にこにこと穏やかで、ユーモアを命とする。彼の話はどこまで本当でどこから冗談なのかまるでわからないので、私が子どもの頃はよく混乱させられた。
デコメールにはまる 知恵たっぷりおばあちゃん
おばあちゃんは生活の知恵をたくさん知っている。梅干しや梅酒の作り方、お餅のつき方、良い掃除の仕方や困ったときの一工夫まで。母がイギリス勤務時代に日本食のない現地で味噌やこんにゃく、納豆を自分で作れたのも彼女のお陰だ。おばあちゃんの作るきゅうりの三五八漬けは天下一品。
最近の趣味はメール! 70歳を過ぎて初めてケータイを持ち、使い方がわからないのではなどという我々の懸念は全くの杞憂であった。使い始めて2週間もする頃にはボタンを両手でぱちぱちと素早く打ち、かわいく絵文字を使ってメールをデコるようになった。母よりずっと返信のスピードも早い。親戚一同びっくりしていると、「長生きしてると新しいものが出てきて人生たのしいわ」なんていたずらっぽい目をして笑う。メル友との交流も盛んだ。
最近すこしぼけてきた。あることないこと、ないことないこと言うので、「おばあちゃんは魔女なんじゃないか」なんて言われている。おじいちゃんが大好きだ。お互い尊敬しあっているのがよくわかる。
こうしてみんなで食卓を囲み、懐かしい話に花を咲かせた。酒や肉、新鮮な野菜がゆっくりとみんなのお腹の中に入って、皿の空き具合が時間の流れを感じさせる。文芸一家の会話はすべて言葉遊びで成り立つ。言葉かけや、パロディー、知識がないとわからない冗談や、落語のようなお話。うっかりしていると会話の意味が分からず頭上にハテナが浮かぶ。真面目に答えちゃいけない問いかけに対し、真摯にハイと返事してしまうと、アハハなんて一笑を浴びせられる。
会話中、祖父はずっとおばあちゃんを立てていた。おばあちゃんはにっこりとしわくちゃの笑顔を見せ、いつも嬉しそうだ。そんなおじいちゃんも、幸せそうだ。今日もまた、笑いじわが刻まれる。
TAGS: Learning Journey in Tohoku・福島07/11/2012